大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(特わ)673号 判決 1988年9月28日

本籍

東京都渋谷区神宮前五丁目二〇番地

住居

同都豊島区目白四丁目四番三号

ソフイア目白二〇五号

不動産売買・仲介業

牛島邦彦

昭和三三年九月二二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、同渡辺登出席の上審理をして、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役八月及び罰金二〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都文京区音羽一丁目一五番一二-六〇八号に当時居住し、不動産売買・仲介を業とする前田地所株式会社及び株式会社八伸の歩合外交員として勤務する傍ら、自らも不動産売買・仲介業をしていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、不動産売却及び仲介手数料等の収入の多くを除外するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六〇年分の実際総所得金額が四二六二万二一二三円で、分離課税による土地の譲渡等にかかる事業所得金額が七二一七万七三九七円であった(別紙一の1修正損益計算書、同一の2所得金額総括表参照)のにかかわらず、昭和六一年三月一一日、同都文京区春日一丁目四番五号所在の所轄小石川税務署において、同税務署長に対し、昭和六〇年分の総所得金額が三六二万七五五三円で、分離課税による土地の譲渡等にかかる事業所得はなく、これに対する所得税額が、二四万八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和六三年押第七四八号の1)を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額六八六一万一一〇〇円と右申告税額との差額六八三七万三〇〇円(別紙二脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠の標目)

判示事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書六通

一  野田圭三(四通)及び八木伸二(三通-いずれも謄本)の検察官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の左記の各捜査報告書

1  仲介手数料収入について

2  雑収入について

3  接待交際費について

4  不動産売却収入について

5  仕入れについて

6  支払手数料について

一  収税官吏作成の左記の各調査書

1  歩合外交員報酬調査書

2  減価償却費調査書

3  地代家賃調査書

4  租税公課調査書

5  水道光熱費調査書

6  旅費交通費調査書

7  通信費調査書

8  損害保険料調査書

9  修繕費調査書

10  消耗品費調査書

11  雑費調査書

一  渋谷区長作成の戸籍の附票(写)

一  検察官作成の電話聴取書

一  押収してある六〇年分の所得税の確定申告書等一袋(昭和六三年押第七四八号の1)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、所得税法二三八条一項に該当するところ、情状により同条二項を適用したうえ懲役刑と罰金刑を併科することとし、所定刑期及び罰金額の範囲内において、被告人を懲役八月及び罰金二〇〇〇万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、後記情状により同法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、不動産売買・仲介を業とする会社の歩合外交員として勤務する傍ら、自らも不動産売買やその仲介をしていた被告人が、不動産売却収入及び仲介手数料収入の多くを除外するなどの方法で所得を秘匿して、昭和六〇年分の所得税六八三七万円余をほ脱した事案であって、ほ脱額は小額であるとはいえず、ほ脱率も九九・六パーセントにも及んでいること、犯行の動機も遊興費や外車の購入というもっぱら私的欲求を充足させるための裏金作りにあったというもので、なんら酌むべき点はないこと、所得の内には、被告人が歩合外交員をしていた会社あるいはその経営者が、被告人紹介にかかる領収書屋に架空領収書発行の代償として支払う金銭の中から、その一部を無断で取得してしまったものや、被告人名義の領収書を右会社等に利用させたことに対する謝礼金が含まれており、所得取得の方法自体にも問題があり、又、所得秘匿の方法も領収書屋から架空の領収書や売買契約書を入手して、被告人が当事者となった不動産売却による収入等を除外するなど大胆かつ巧妙であること、重加算税等の附帯税が未納であることなどを勘案すると、犯情は悪質であり、被告人の刑責は重いといわなければならない。

しかしながら、被告人は、本件が発覚するや本件の重大性を悟り、その非を反省して税務当局及び捜査官に犯行を自白し、再過なきを誓うとともに、本件の税務処理に関しては税務当局の指導に従い修正申告をなし、本税分については母親などの援助を受けて納付したこと、新たに税理士を選任して適正な納税体制を整えるとともに、右税理士や被告人の実兄等が被告人を指導監督する旨誓っていること、これまで業務上過失傷害の罪により罰金刑に処せられた他には前科のないこと、その他被告人の年齢、家庭の情況など、被告人のために有利な、又は、同情すべき事情も認められる。

以上のような被告人にとって有利、不利な諸事情を総合考察すると、被告人に対しては、直ちに実刑に処するよりは、今回に限り懲役刑の執行を猶予し、社会内において自力更生させるのが相当であると思料される。

(求刑、懲役八月及び罰金二〇〇〇万円)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 中野久利 裁判官 中村俊夫)

別紙一の(1) 修正損益計算書

牛島邦彦

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

<省略>

別紙一の(2) 所得金額総括表

牛島邦彦

自 昭和60年1月1日

至 昭和60年12月31日

<省略>

別紙二 脱税額計算書

昭和60年分 牛島邦彦

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例